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福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(ワ)146号 判決

原告

吉村博樹

被告

森山修

ほか一名

主文

被告森山修は、原告に対し、金三六三万一、四六三円およびこれに対する昭和四七年二月二九日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告森山修に対するその余の請求を棄却する。

原告の被告旭興業株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告森山修との間に生じたものはこれを一〇分し、その六を原告の、その余を同被告の、各負担とし、原告と被告旭興業株式会社との間に生じたものは原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告等は、各自原告に対し、金七七三万二、二四八円およびこれに対する昭和四七年二月二九日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、その請求原因として、

「一 (事故の発生)

被告森山は、昭和四四年七月二四日午前一時四〇分頃、軽四輪貨物自動車(車輛番号六北九州五九九六号)(以下本件自動車という。)を運転し、北九州市若松区藤ノ木和田町田商店先道路上を同区二島方面から若戸大橋方面に向い時速約四五粁米で進行中、道路左側端に駐車中の普通貨物自動車に本件自動車前部を衝突させ、本件自動車に同乗していた原告に対し、右寛骨臼骨折、左股関節脱臼、左脛骨腓骨々折、および擦過傷、右大腿骨々折、右脛骨腓骨々折および挫傷、左下顎骨々折、尿道損傷、大腿骨外頸骨折の傷害を負わせた。

二 (責任原因)

(一)  被告森山は、本件自動車を運転する際、終日にわたる勤務の疲れと、運転開始前飲んだ酒気のため、眠気を覚え、前方注視が不可能な状態となつていたので直ちに運転を中止すべき注意義務があるのに、これを怠つて運転を継続し、本件事故を惹起したものであるから、原告に対し、民法第七〇九条に基づき、本件事故による原告の損害を賠償すべき責に任ずる。

(二)  被告旭興業株式会社は、本件自動車の所有者であり、かつ被告森山の雇主として、同被告をして運転業務に従事せしめていたものであるところ、同被告は、本件自動車を業務上運転するのは勿論、被告会社の許可をえて、通勤を含めた私用にも使用していたものであるから、被告会社は、本件自動車の運行供用者として、自賠法第三条に基づき、本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。

三 (損害)

本件事故により原告が蒙つた損害は、次のとおりである。

(一)  治療費 金七六万五、三〇八円

その内訳は次のとおりである。

(1)  芳野病院入院治療費 金三七万四、九九〇円

(2)  九州労災病院入院および通院治療費 金三九万〇、三一八円

(二)  休業損害 金七四万二、五〇〇円

原告は、本件事故当時、有限会社共立スプレー工業所に勤務し、日給金一、五〇〇円の給付を受けていたものであるところ、本件事故により、昭和四四年七月二五日より昭和四六年三月二〇日まで欠勤するの止むなきに至り、右期間内の賃金合計金七四万二、五〇〇円(通算日数六〇四日間から右期間中の祝祭日として休日に当るもの一〇九日を差引いた日数合計四九五日分)を喪失した。

(三)  後遺症による労働能力喪失に基づく損害 金五五三万六、四四〇円

(1)  原告は、本件事故により、左下股短縮約七糎米、左尖足、左足関節運動障害、同跛行の後遺症害を残す負傷をしたものであるところ、右後遺症は、自賠法施行令別表に定める後遺症の等級に照らせば、第七級に該当する。

(2)  よつて、右後遺症による労働能力の喪失は、五割六分であるから、原告の労働能力喪失による逸失利益は、次の計算により、金五五三万六、四四〇円である。

金四五万円(年間平均賃金)×〇・五六×二一・九七〇(稼働年数四一年間のホフマン式計算による係数)=金五五三万六、四四〇円

(四)  慰藉料 金二七五万円

原告は、昭和四四年七月二四日より同年八月三〇日まで三七日間芳野病院に、同日より昭和四五年七月一二日まで三一七日間、同年一一月九日より同月二一日まで一三日間、昭和四六年二月二五日より同年三月一〇日まで一四日間、合計三四四日間九州労災病院に各入院した外、昭和四五年七月一三日より同年一一月八日まで一一九日間、同年一一月二二日より昭和四六年二月二四日まで九五日間、同年三月一一日より同月二〇日まで一〇日間、合計二二四日間にわたつて九州労災病院へ通院したものであり、その間の精神的苦痛は甚大であり、また、本件事故による前記後遺症により、今後甚び苦しい人生を歩まねばならない状態に追込まれており、右苦痛に対する慰藉料は、金二七五万円を下らない。

四 (損害の填補)

原告は、本件事故に関し、強制保険から治療費として金五〇万円、後遺症補償として金一二五万円の交付を受けた外、被告森山から休業補償として金三一万二、〇〇〇円の給付を受けた。

五 (結論)

よつて、原告は、各自被告等に対し、金七七三万二、二四八円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四七年二月二九日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六 (被告等主張の弁済および過失相殺の抗弁に対する答弁)

被告森山が、原告に対し、本件事故につき金三七万四、〇〇〇円を支払つたことは認めるが、本件事故に関し原告に過失があつた旨の被告等主張事実は否認する。」

と述べた。

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決と被告等敗訴の場合における仮執行免脱宣言とを求め、答弁として、

「一 (請求原因に対する答弁)

(一)  請求原因第一項の事実中、原告主張の日時、場所において、原告主張の交通事故が発生したことは認めるが、原告主張の傷害は不知。

(二)(1)  請求原因第二項(一)の事実中、本件事故が、被告森山の飲酒運転中の事故であつて、同被告に過失があつたことは認める。

(2)  請求原因第二項(二)の事実中、本件自動車が被告旭興業株式会社の所有であること、同被告が被告森山の雇主であること、以上の事実は認めるが、被告会社が本件事故当時本件自動車の運行供用者であつたことは否認する。

すなわち、被告会社は、製鉄原料、鋼材等の販売会社であつて、被告森山は、被告会社の事務担当職員である。被告会社は、本件自動車を含めて乗用車二台、トラツク五台、専属運転手七名を擁し、右車輛の使用、保管については配車係を置き、社用目的以外の私用に使用することを固く禁じていたが、本件事故当日、被告森山とその同僚である同じく被告会社の従業員釜本敏夫の両名が社用終了後、被告会社に無断で本件自動車を私用のために使用して酒房「つた」に酒飲みに行き、同酒房で同様に酒飲みに来ていた原告と会い、三名でしたたかに飲酒した上、三名で海水浴に行き、その帰途本件事故を起したものであり、原告は、右釜本の友人ではあるが、被告森山とはそれまで一面識もなかつたものである。したがつて、本件事故当時、本件自動車の運行は、被告会社の業務とは何の関係もないものであり、このことは原告も承知の上でのことであるから、被告会社には運行支配、運行利益の帰属するところがない。

また、本件事故当時、本件自動車の運行に伴い利益は、もつぱら原告等三名に帰属していたものであり、被告会社には何等の利益もなかつたから、原告は、自賠法第三条の他人にも該当しないというべきである。

(三)  請求原因第三項の事実は争う。

二 (過失相殺および弁済の抗弁)

(一)  原告は、被告森山が飲酒しており、運転が危険であることを承知の上、同被告をして本件自動車を運転せしめ、同乗したものであるから、仮に被告等において原告に対する損害賠償責任があるとしても、被告等に賠償請求しうべき原告の損害額の算定に当つては、原告の右過失が斟酌されるべきである。

(二)  被告森山は、原告に対し、本件事故に関し金三一万二、〇〇〇円ではなく金三七万四、〇〇〇円を支払つた。」

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  (事故の発生)

請求原因第一項の事実中、原告主張の日時、場所において、原告主張の交通事故が発生したことは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕によれば、原告は、右事故により、原告主張の傷害を受けた事実を認めうる。

二  (責任原因)

(一)  〔証拠略〕を綜合すると、被告森山は、本件事故当時、終日にわたる勤務の疲れと、運転開始前飲んだ酒気のため、眠気を覚え、前方注視が不可能な状態となつていたにも拘らず、本件自動車の運転を継続したために本件事故を惹起した事実を認めうる(なお、本件事故が被告森山の飲酒運転中のものであることは当事者間に争いがない。)。右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は、被告森山において前方注視が不可能な状態にあつたから、直ちに本件自動車の運転を中止して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つた同被告の過失に起因するものというべきであるから、同被告は、原告に対し、民法第七〇九条に基づき、本件事故による原告の損害を賠償すべき責に任ずる。

(三)  被告旭興業株式会社が、本件自動車の所有者であり、かつ被告森山の雇主であることは当事者間に争いはないが、〔証拠略〕を綜合すれば、被告会社は、鋼材、スクラツプ等の販売会社であり、本件事故当時、本件自動車を含む乗用車四台、トラツク八台を所有し、専属の運転手一二、三名を擁していたものであり、被告森山は、被告会社で倉庫の荷の受け渡し係の職員であつて、車の運転業務には何等従事していなかつたこと、被告会社では、右各車両の使用、保管について管理係を置き、社用目的以外に私用に供することを固く禁じていた外、各車両のキーについては、右管理係において終業後決められた保管場所である社長の自宅の裏口のところにかけていたこと、被告森山は、被告会社の車を通勤用に使用した事実はなく、本件事故前の三、四ケ月前に一度だけ許可をえて被告会社の車を借りて帰つたことがあるに止まること、被告森山は、本件事故の前日、車両の管理係の許可をえて、被告会社のレクレーシヨンの費用の精算に行つて午後八時頃被告会社に帰り、右管理係に本件自動車のキーを渡し、右管理係において、キーの保管場所にキーをかけて帰つたのち、被告森山は、被告会社に無断でキーの保管場所から本件自動車のキーを持出し、本件事故前日の午後一〇時頃、本件自動車を私用のために使用して同僚の釜本敏夫と共に酒房「つた」に酒飲みに行き、同酒房で先に飲みに来ていた右釜本の知人であつた原告と会つたものであり、同被告は、それまで原告と面識がなかつたこと、その後、三名とも飲酒し、被告森山は、同所で釜本とビールを二、三本飲んだ上、本件事故当日の午前一時頃、被告森山の運転する本件自動車で右「つた」を出て、一旦海水浴場で遊ぶ目的で脇田海水浴場に向けて出かけたが、途中で引き返えし、その帰途本件事故が発生したものであり、被告森本が、飲酒の上本件自動車を運転していることおよび本件自動車の運行が被告会社の業務とは何の関係もないことを、原告において承知の上で同乗したものであること、以上の事実を認めうる。右認定に反する〔証拠略〕は、採用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実からすると、本件事故当時、本件自動車の運行支配、運行利益は、被告会社に帰属していなかつたというべきであるから、被告会社は、原告に対し、本件事故による原告の損害を賠償すべき謂はない。

三  (過失相殺)

被告森山は、前記のとおり、本件事故による原告の損害を賠償すべき責を免れないが、一方原告としても、前記認定事実によれば、同被告が飲酒しており、同被告の運転が危険であることを原告において知つていたのであるから、同被告の運転を断念させ、もつて飲酒のため発生する事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これをなすことなく、同被告をして本件自動車を運転せしめ、同乗した点において、過失があつたものというべく、原告の右過失と同被告の前記過失とを相殺すると、同被告は、原告に対し、本件事故による原告の損害のうち七割を賠償すべきものと判断するのが相当である。

四  (損害)

原告が、本件事故に関し、被告森山に請求しうべき損害額は、次のとおりである。

(一)  治療費 金五三万五、七一五円

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故による傷害の治療費として原告主張の金七六万五、三〇八円を要した事実を認めうるところ、被告森山に対し、請求しうべき治療費は、うち金五三万五、七一五円である。

(二)  休業損害 金五一万六、六〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、有限会社共立スプレー工業所に勤務し、日給金一、五〇〇円の給付を受けていたところ、本件事故により、昭和四四年七月二五日より昭和四六年三月一七日まで欠勤を余儀なくされ、右期間内の賃金合計金七三万八、〇〇〇円(通算日数六〇一日から右期間中の祝祭日として休日に当るもの一〇九日を差引いた日数合計四九二日分)を喪失した事実を認めうるところ、被告森山に対し、請求しうべき休業損害は、うち金五一万六、六〇〇円である。

(三)  後遺症による労働能力喪失に基づく損害 金三三〇万三、一四八円

〔証拠略〕によれば、原告は、昭和二二年六月一日生れで、昭和四六年三月一八日当時満二三才であること、原告は、本件事故により、左下肢短縮約七糎米、左尖足、左足関節運動障害、同跛行の後遺症害を残す負傷をし、右後遺症は、自賠法施行令別表に定める後遺症の第七級に該当すること、原告の年間平均収入は、金四五万円(但し、三六五日のうち日曜、祝日の合計六五日を差引いた三〇〇日につき日給一、五〇〇円を乗じたもの)であること、原告は、昭和四三年に犯した強盗傷人と詐欺の罪により、昭和四六年三月一八日より三年六月の刑に服役しており、右期間は稼働不能であること、以上の事実を認めうる。

右認定事実によれば、昭和四六年三月一八日当時における原告の稼働年数は四〇年間であり、また本件事故の後遺症による原告の労働能力喪失割合は五割六分と認めるのが相当であるから、右後遺症による労働能力喪失に基づく昭和四六年三月一八日当時における損害合計現価は、月別復式ホフマン式計算によれば、次のとおり金四七一万八、七八四円である。

45/12万円×56/100×(263.333-38.629)=471.8784万円

そして、右損害金四七一万八、七八四円のうち、原告が、被告森山に対して請求しうべき金額は、金三三〇万三、一四八円である。

(四)  慰藉料 金一四〇万円

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故により、昭和四四年七月二四日より同年八月三〇日まで三七日間芳野病院に、同日より昭和四五年七月一二日まで三一七日間、同年一一月九日より同月二一日まで一三日間、昭和四六年二月二五日より同年三月一〇日まで一四日間、合計三四四日間九州労災病院に各入院して治療を受け、昭和四五年七月一三日より同年一一月八日まで、同年一一月二二日より昭和四六年二月二四日まで、同年三月一一日より同月二〇日までの二二四日間のうち治療実日数一二日の通院治療を受けた事実を認めうる。

右認定事実に、前記原告の後遺症、本件事故の態様、本件事故に関する原告および被告森山の過失等諸般の事情を斟酌すれば、原告が、被告森山に対して請求しうべき慰藉料は、金一四〇万円と認めるのが相当である。

四  (損害の填補)

原告が、本件事故につき、自賠責保険より治療費として金五〇万円、後遺症に対する補償として金一二五万円の交付を受けたことは、原告において自認するところであり、また、原告が、本件事故につき、被告森山より金三七万四、〇〇〇円の弁済を受けたことは、当事者間に争いがないから、以上合計金二一二万四、〇〇〇円は、前項の損害合計五七五万五、四六三円より控除する。

五  (結論)

してみると、原告の被告森山に対する本訴請求は、同被告に対し、金三六三万一、四六三円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であること本件記録により明らかな昭和四七年二月二九日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを正当として認容し、その余は失当であるから棄却し、また原告の被告会社に対する請求は、失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用し、なお仮執行免脱宣言の申立は相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寒竹剛)

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